「なぜ」が育てる
私は自分のオーディオでの音楽の表現でその音楽に向き合っていると、
色々と様々なことを思う。そのとき「なぜ」と思う。
でも、「なぜ」があるから、成長があるので、それを大切にしている。
基本的に疑問を持ち「なぜ」が自己のオーディオの表現性を向上させるのだと思う。
聴いていて「いい」と思えば「なぜ」を大切にする。
なぜと思うと、なぜその音がそう感じられたのかと意識出来る。
そのとき、自分のオーディオの成長の手がかりがわかる。
なぜだろう、なぜこうなったのか、その自問自答の繰り返し。
その繰り返しが、自分のオーディオの成長というものである。
これが可能性の追求ということである。
それはつまり、振り返りということであって、
自分のオーディオの音楽表現能力を高めるということだ。
自分は歩き続けている、そこには成長があった、歩みがった、
流れがあった、だから、今がある。
それが私のオーディオ人生。
そこのプロセスにあったのは「なぜ」だった。
つまりは、疑問と成長はワンセットであったということだ。
しかし、それが自分のオーディオにおける音楽表現能力を高めるということだ。
疑問と成長とは自分への意識であって、それが自己の音楽にたいするオーディオの音楽表現能力を高めるということだ。
自分に意識をむけると、自分の音楽芸術に対してどのような価値を持っているかということがわかる。
それがオーディオにおける理解であり、それがオーディオが音楽の表現能力を高めるということである。
それは、オーディオの理解と可能性と理想というファクターというものである。
オーディオでの基本的な志である。大切にしたい。
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